【吉川市】川に囲まれた街ならではの、なまずを使った川魚料理

吉川市は、埼玉県の南東部に位置する人口約7.2万人の市です。東の江戸川、西の中川と、東西を川に挟まれた市域は、おおむね平坦な地形になっています。1955(昭和30)年に吉川町と旭村、三輪野江村が合併して現在の市域になったのち、1973(昭和48)年の国鉄(現・JR)武蔵野線の開通を契機に「吉川団地」などの住宅開発が進み、人口が増加。1996(平成8)年には市制を施行し、吉川市となりました。近年は、「吉川美南」駅周辺の開発が行われるなど、さらに発展を続けてきました。

吉川市周辺の土地では、万葉集にもこの地域の稲作を詠んだ歌があるように、古くから農業が盛んに行われていたと考えられています。室町時代初期には交易市場が開かれていたという記録もあり、地域の中心地として機能していたことがうかがえます。江戸時代には天領となり、多くの新田開発が行われ、「早稲米」の産地として知られるようになります。収穫された米を江戸へ運ぶため、中川を経由した舟運も発達、「吉川河岸」や「平沼河岸」などの河岸は物資の集積地としても栄えました。

また、稲作の副産物として縄などのわら工芸が行われるようになりました。その後も、吉川の特産品として、盛んにつくられるようになります。この伝統工芸は近年まで受け継がれ、「両国国技館」の土俵俵づくりなどに活用されていました。

魚竹
魚竹

中川、江戸川という川に挟まれた地形から、吉川市周辺では古くから川魚料理という食文化が根づいています。江戸時代初期には、河岸付近に川魚料理を売り物にした料亭が軒を連ねており、「吉川に来て、なまず、うなぎ食わずなかれ」といわれるほど評判で、江戸からわざわざ川魚料理を食べにきた著名人もいたといわれています。吉川周辺の家庭でも川魚は日常的な食事のひとつで、なまずの身を包丁でたたき、みそなどを練り込んだあと、丸めて揚げた「なまずのたたき」は、この地の郷土料理として親しまれてきました。

金のなまず像
金のなまず像

吉川市では、こうした食文化を生かし、「なまずの里」としてまちおこしを進めています。武蔵野線の「吉川」駅の南口に出ると、金のなまず像が訪れる人を迎えてくれますし、吉川市のイメージキャラクター「なまりん」もなまずがモチーフです。

料亭 糀家
料亭 糀家

吉川市内には、今もなまずを養殖する施設があり、なまず料理を食べられる店も点在しています。なかでも老舗として知られるのは、創業400年といわれる「料亭 糀家」や、1837(天保8)年創業という「福寿家」です。 そのほか、なまずせんべいやなまず最中などの菓子類や、なまずをモチーフにした小物などを販売する店もあり、吉川のおみやげ品としても親しまれています。

吉川市のアクセス情報

吉川駅
吉川駅

吉川市内にはJR武蔵野線の「吉川」駅と「吉川美南」駅の2駅があります。近年は、JR武蔵野線の「南流山」駅で接続するつくばエクスプレスの開業により、東京都心方面へのアクセス時間が短縮されました。「秋葉原」駅からつくばエクスプレスに乗り、「南流山」駅でJR武蔵野線に乗り換えたとき、「吉川」駅までの所要時間は約34分(乗り換え時間含まず)、「新宿」駅からJR埼京線に乗り、「武蔵浦和」駅でJR武蔵野線に乗り換えると約43分(乗り換え時間含まず)となります。


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